古代エジプト女王のフェアトレード

古代エジプト女王のフェアトレード

平和というもうひとつの視点から歴史を眺める


もっとも長く続いた文明を訪ねる旅

オシリス神の姿をしたハトシェプスト女王の彫像が並ぶ葬祭殿。最初、この像は男性のファラオだと考えられたが後になって女王のものだと判明した。

 世界四大文明のなかでエジプトは、もっとも長く続いた文明だったと言われている。
そこに持続的な社会という今の社会が課されたテーマへのヒントがあるように思われたからだ。

なぜエジプト文明はもっとも長く続いたのか――。

 その問いを追ってエジプトを旅して得たひとつの結論は、古代エジプト人が自然と共生する文明観を持っていたからではなかったかというものだった。
たとえば古代エジプト人は、ナイル川の洪水をコントロールしなかった。
古代エジプト人は、ナイル川の洪水はアフリカの森から肥沃な土を運んでくることを知っていた。
苦労せずに世界一豊かと言われる大地を何千年にもわたって維持することができたのは、一人の偉大な女性がいたからだ。
彼女は「平和政策」を掲げて古代エジプト国をもっとも華やかな繁栄の時代へと導いたと伝えられている。




戦争の英雄よりも平和に光をあてた歴史を

ハトシェプストの頭像。大きなアーモンドの形をした目が強い意思を感じさせる。エジプトでは女性も王としてたつことも多く、ギリシャやローマよりも女性の地位は高かった。

 エジプトを旅したとき、もっとも私が大きな感銘を受けたのは、ハトシェプスト女王の葬祭殿だった。
その神殿の壁には、「平和貿易」という政策のもとに、女王がプント国へ帆船を派遣したときの光景が絵本のように描かれていた。
 なによりも3500年も前に「平和貿易」という今の時代に通じる考え方を掲げた人がいたということが大きな驚きであった。

 以前から私のなかには歴史に対してひとつの疑問があった。それはなぜ歴史はアレキサンダーやナポレオンなど戦争の英雄を主役にして語られるのだろうか、
ということだった。そんな歴史の影響は大きく、現代でも経済的な成功者を戦国時代の武将になぞらえる人も多い。

 でも戦争の勝者のみを辿る歴史ではなく、平和のために知恵をこらした人々を評価し、光をあてた歴史があっていいのではないだろうか。
そう考えていた私にとって、エジプトの旅を通じて、ハトシェプスト女王という存在を知ったことは大きな収穫だった。

 今から3500年も前というと、日本は縄文時代にあたる。
そんな時代に、「平和貿易」という理想を掲げ、それを実行し、国を繁栄へと導いたエジプト王がいた。

そしてその王は女性だった――




世界最初のフェアトレードをしたエジプト女王


ハトシェプスト女王の葬祭殿に記録された世界最初のフェアトレードの光景。多くのファラオは戦場で敵を討つ勇姿を神殿に記録しているが、女王は「平和貿易」を自らが誇るべき最大の事業として残した。


新王国時代にエジプトのファラオになったハトシェプストは、それまでの父王がすすめた帝国主義的な領土拡大路線にピリオドを打ち、「平和貿易」という政策を掲げたと言う。

 ハトシェプスト女王は、軍隊を「平和の使者」に変えた。 エジプトの造船技術を駆使して帆船を作り、豊かな自然資源を持っているプント国へ交易隊を派遣したのである。

 プント国は、ハトシェプスト女王の船を驚きとともに迎え、歓待した。
エジプトからの交易品として、細工師が腕を競ったアクセサリーや手斧がプント国には贈られたという。

返礼としてプント国は、ミルラの香木や黒檀や化粧品など多くのものをエジプトに贈った。つまりどちらかの国が優位に立つのではなく、対等の立場で交易品を贈りあったのである。

これこそ世界最初のフェアトレードと言っていいだろう。

 ハトシェプスト女王は、フェアトレードという事業のほかにも、人々のエネルギーを戦いではなく、平和へと向かわせることに成功したようだ。

彼女は、芸術活動を奨励することによって、国を活性化し、繁栄へと導いた。

彼女の治世には一度も戦争はなく、多くの美しい彫刻と建築物が作られている。
とりわけ女王が作った葬祭殿は、古代エジプトの遺跡の中でももっとも美しい建築物と言われており、今日でも観光客が絶えない。
つまり、ハトシェプスト女王が奨励した芸術活動は、3500年のときを超えて、現代のエジプトの観光産業に大きな貢献をしているのである。




古代からの平和というメッセージ

ハトシェプスト女王の事業を記録したオベリスク。この一枚岩の塔は、エジプトでもっとも高い記念碑だが、どうやって建てたかは未だに謎であり、当時の建築技術のすばらしさがうかがわれる。

数年前からハトシェプスト女王の葬祭殿は、欧米の若者たちの間では、「平和のシンボル」と考えられ、ここで平和の祈りのための瞑想をする人たちも少なくないという。

エジプトのファラオは、自分が成した偉業を記録するとき、戦場で敵を撃つ勇壮な姿を神殿に描かせることが多い。
だがハトシェプスト女王は、戦争ではなく「平和」のための活動こそを誇りにすべき事業と考えたのに違いない。

 葬祭殿の壁にプント貿易の光景を記録したハトシェプスト女王が後世の人に伝えたかったのはこんなメッセージではなかっただろうか。

 「奪いあう戦いは、結局はこの世界をとても貧しくしてしまいます。平和と本当の豊かさ、そして繁栄は、ひとつにつながっているものではないでしょうか」

 だがその平和へのメッセージも私たちの目が見ようとしなければ見えなくなってしまう。
 戦争が今や、最大の環境破壊になっていることは誰もが認めるところだ。
現代の武器の「進歩」は、人の生命ばかりか、何世代にもわたって、生命体全体に大きな傷を残すような脅威あるものになってしまった。

そのような破壊的な武器を作り出してしまったことは、戦いの勝者のみに光をあてる歴史のあり方とつながっているのではないだろうか。
 もし私たちが未来へ向かって進むべき先を変えたいと望むなら、まずは過去を眺める目を変えねばならないのではないだろうか。