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オーガニック最先進国 オーストリア その①

国民投票で「原発NO」を選択した国(前編)

蕎麦畑の向こうに見えるツヴァンテンドルフ原子力発電所。一度も核燃料を入れないまま廃止される。

早くも36年前にオーストリア国民は「原発NO」を決めた。その選択は若い世代の間にも定着している。

静かなツヴァンテンドルフの住宅街。サイクリストが多い。

住宅と緑と畑が共存する自然豊かな環境。かつて原発反対の闘いが盛り上がった。

国民投票のときは20代「原発反対」を表明して闘ったという女性たちに出会った。ツヴェンテンドルフ市内のカフェにて。

EUで一番のオーガニック先進国

 

「オーストリアには、一度も核燃料を入れたことのない原子力発電所があります。1978年に国民投票で原発エネルギーを使わないことが決められたからです。今、その原発は、反原発のシンボルのようなものになろうとしています」。

そんな話をしてくれたのは、在日オーストリア大使館商務部のルイジ・フィノキアーロさんだ。
2011年3月に東北大震災があった翌年の年末でのことだった。ヨーロッパの真ん中に、きっぱりと原発を使わないと決めた国があった! という話に強く心動かされた。廃墟となった原子力発電所をぜひ見たいと思った。

オーストリアは、ヨーロッパのほぼ中央に位置し、首都ウィーンは、かつてモーツァルトやベートーべンが活躍し、華やかな芸術の都として知られている。 そんなふうに歴史ある文化を誇る国でありながら、アルプス山脈から伸びる美しい自然に恵まれた国でもある。そしてじつはオーストリアの有機農地の割合はヨーロッパ一。それに加えて「原発NO」という選択をしているというのだ。

ヨーロッパでオーガニックな国というと、日本ではドイツやスウェーデンというイメージが定着している。だが、それらの国に原発があること(ドイツ17基、スウェーデン8基)を考えると、オーストリアこそ本物のオーガニック最先進国というべきではないか。

それから8ヵ月後の夏、アイシス編集部は、オーストリアの取材へと出発。同行者は、中村実代さん。12年間、日本で、ドイツ発祥の国際オーガニック見本市「BIO FACH」の東京事務局を主催してきた人だ。現在は、日本と世界を結ぶオーガニックサイト「GON(グローバル・オーガニック・ネットワーク)」を運営している。(→https://organicnetwork.jp/

静かな村に眠るツヴァンテンドルフ原発

その日、ウィーンから地下鉄とバスを乗り継いで1時間ほど、朝8時30分にツヴェンテンドルフ市に着いた。首都から北西50キロメートルの位置にある小さな町だ。

バス停を降りると、ビルや商店街など皆無の、ひっそりと静かな住宅街が続いていた。その背後には麦や蕎麦、野菜畑が広がっている。ここに30年以上前に建設されたものの一度も稼動することなく「警告の碑」となった原子力発電所があると思うと、胸が高鳴った。

原発稼働を止めた女性たちとの出会い

東京を出発する前に、アイシス編集部は、ツヴェンテンドルフ原発を管理している電力会社の担当者とアポイントを取っていた。

そのアポイントより少し早い時間だったので、通り沿いの喫茶店に立ち寄った。ドアの看板には「アートカフェ」とあった。店内が薄暗かったので、まだ空いていないのかと思ったら、白い口髯の主人が、にこやかに「どうぞ」と招いた。

草花が植えられている、心地良さそうなテラス席に座った。
まもなく大きな隣りのテーブルに、女性が一人、二人とやってくる。
じきに7人の女性がそのテーブルを囲んでいた。

50代後半から60代初めと見える女性たち。
活気づいて話しているので、「どんな集まりなのですか」と声をかけた。
最初に来た女性がにこやかに答えた。「毎週木曜日の朝は、このカフェで、みんなで朝会をする約束になっているんですよ」。

唐突に思われるかもと、ためらいながらも質問を継いだ。 「じつは私たちは日本から取材に来ました。35年前、ここに原発ができたと聞いていますが、そのとき町はどんな様子でしたか?」

こちらの躊躇に反して、すぐさま一人の女性から答えが返ってきた。 「町中、騒然となりました。反対する人が多い中、賛成する人もいましたから」。 周りにいる女性も一斉に頷く。

そんな素早い反応が、ここにいる女性たちにとって、ツヴェンテンドルフ原発は遠い過去のことなどではないことをうかがわせた。

「賛成した人たちは、どんな理由だったのですか?」
「職場ができるからですよ」。 やはり、どこでも事情は同じようだ……。
「それで、当時、あなたたちはどうしたのですか?」
「私たちは反対派でした。当時は、みんなまだ20代でしたよ」。 どっと笑い声があがる。
「みんな、もちろん国民投票では、反対票を入れましたよ」。

じつはテーブル女性たちの中に、前市長の奥さんもいるとのこと。彼女たちは、もともと級友たちで、当時、積極的に反対運動に関わった仲間だった。

1977年、ツヴェンテンドルフの原子力発電所の稼動を止めようと、9人の母親たちがハンガーストライキを行った。それが、反原発運動を盛り上げるきっかけになった。翌年1978年11月5日、国民投票によって、オーストリアは原発を使わないことを決定した。

カフェで話を聞くうちに、彼女たちは、このツヴェンテンドルフ市で、ついに原発を稼動させなかったことをとても誇りにしていることが伝わってきた。




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