合成界面活性剤を使わない生活のすすめ

化粧品と環境ホルモン

和のコスメで、本物の素肌美人になる

ミネラル豊富で、料理もおいしくなる天然海塩

オーガニックライフのための基礎知識

ハーブ物語

カテゴリ別 人気アイテムから探す

新商品&季節のおすすめ商品

アイシス基準と関連サイト

ゾネントアの製品は、自然エネルギー100%で作られる

オーストリア・オーガニックのパイオニア
ゾネントアの製品は、自然エネルギー100%で作られる

ゾネントアの製造工場には数多くの太陽光パネルが張られている。

つなぎの革ズボンは、いまやオーストリア・オーガニックパイオニアのシンボル。

太陽はゾネントア社のシンボルマーク。若い世代が就職したい会社としても人気がある。

オーストリアのどのオーガニック・スーパーでも、ゾネントア製品が多く並ぶ。

オーストリア片隅の静かな村にあるゾネントア社

ウィーンから3時間ほど、車窓の外はひっそりと静かな田舎の光景になった。オーストリア北部の片隅にある、シュプレグニッツという小さな村に入っていた。

「ここにゾネントアがあります」と、車を運転していたSさんが私に声をかけてきた。

ヨーロッパでもよく知られているオーガニック食品会社が、こんな小さな町にあるということに驚かされた。ゾネントア社にハーブを納入するオーストリアの有機農家は、150軒。そのほか生産地もチェコやルーマニア、アルバニアに及んでいる。企業創設者のヨハネス・グートマンさんは、オーストリアの「オーガニック製品のパイオニア」と称される人だ。

オーガニックは、自由、自立、そして喜びがある仕事

村の風景と調和するゾネントアの本社。ちょうどランチどき。社員の健康のために運営されているオーガニックレストランで、グートマンさんがきさくな笑顔で迎えてくれた。

「ゾネントア」オリジナルの太陽が描かれたTシャツに、着古した、つなぎの皮ズボンという出で立ち。皮ズボンは、祖父から受け継いだ90年前のものだそうで、今やオーガニック・パイオニアの独自スタイルとしてオーストリア中で知られている。


アイシス どうしてこの小さな村に、会社を作ろうと決めたのですか?

グートマン 20代のはじめ、僕は失業していたんだ。この村には仕事がなくてね。だから自分で仕事を作ろうと思った。それがこの会社の始まりだよ。

アイシス 何故、オーガニック製品を販売する仕事をしようと考えたのですか

グートマン 自由と自立につながると考えたからだ。たとえば今の農業では、ラウンドアップが大量に使われている。ラウンドアップは、アメリカのモンサント社が開発したものだ。世界で一番の売上げを誇っている農薬だが、使い続ければ、未来を壊してしまう。
でもオーガニックだったら、農薬を買うお金から解放されて自立でき、健康にもなる。おまけに農業という仕事に素晴らしい喜びを見いだすことができるようになる。



1988年に会社を設立したとき、グートマンさんは23歳。まずは、この村の生産者三人が作るオーガニックハーブの販売を手がけた。
1991年に、ゾネントア社は、ドイツに輸出を始め、自然食品店で評判となった。

100%自然エネルギーで作られるゾネントア製品

「オーガニック以上」という言葉を掲げるグートマンさんは、再生可能エネルギーについても重きを置いている。
ゾネントア社の製造工場では、年々ソーラーパネルを増やし、現在、年間9万キロワットを生産し、自社で必要なエネルギーの20%をまかなっている。そのほかに必要な80%もすべてグリーン電力だ。

オーストリアでは、消費者が自由に電力会社を選べる制度がある。ゾネントア社は、1992年以来、「風力、太陽光、水力」など、すべて再生可能エネルギーで電力を供給している電力会社「AAE」から購入している。

「自然エネルギーだけで、モノを創れるということを実証したかった」というグートマンさんの言葉通り、ゾネントアの製品は、100%再生可能エネルギーによって作られているのだ。

生き方と仕事を変える、持続可能な社会的事業家



アイシス 国民投票があった1978年のときは、グートマンさんはどうしましたか?

グートマン まだ14歳だったけど、反対運動のデモにも参加したよ。
また1984年にハインブルクの水力発電所のダム建設に抗議しての座り込み運動があったけど、このとき僕は、オーストリアの兵役に服さなければならなかった。そうでなければこの運動にも参加していたはずだ。



「オーガニック以上」を掲げるグートマンさんは、自然を守るための運動にも参加してきた活動家なのだ。
「持続可能な社会的事業家」を称する彼にとって会社もまた、オーガニックを普及することで、社会を変えていくひとつの活動なのに違いない。




NEWS